悩み・相談

僕が、統合失調症から回復する過程はこんな感じでした

始まりは十五歳の時、父親の死の影響から気が塞ぎがちになり、不登校になったことだった。外面的にはただそれだけ、のことであるが、僕の心のうちでは、大変なことが起こっていた。そのころ僕は、一日中ゲームばかりをして暮らしていた。ほんとうは、ゲームなど楽しくなかったし、そもそもしたくもなかった。実はそのとき、僕はもう死んで、いま身体があるのは、死後の世界だと思っていた。そこでは、死霊の声が聞こえていて、それは耳をふさいだとしても、話すのをやめなかった。僕はゲームをするようなふりをして、死霊としゃべっていたのだ。

回復の転機が訪れたのは、現在の主治医に出会ったことだ。彼は、まず、薬を処方し、死霊の声を止めてくれた。それから「統合失調症」という診断名と、いくつかの生活上のアドバイスをくれた。それはこんなものだった。

「就職したり、結婚をしたりするだろうけど、薬との付き合いは長くなる、と考えようね」という言葉をくれた。僕にとって薬は、飲んだり飲まなかったりしても、これからも付き合っていくようなものだってことだ。

「もっと自分の病気の事を、知ろうね。病気でなくても、自分を知ることは生きていくうえで必要ですよ」

いろんな主張の医師が居るだろうけど、僕の主治医はこんな意見だ。僕も、知識として病気や薬の事を知る必要を感じたし、死霊の声を止めてくれた先生を信頼してたからそうしたかった。

「一人暮らしが向いていると思う」

これは確かにそうだと思った。病気の悪い時は、感覚が鋭敏になる気がしている。たとえ大好きな家族でも、一緒の空間に居て、がたがたと音を立てたり、長時間テレビを見られたら、それだけでぐったり疲れてしまうのだ。

そんなこんなで、統合失調症という病気について、その治療について自分なりに知識を仕入れて、主治医と話し合いながら、なんとかかんとかやってきた。

本当に悪戦苦闘したし、一回だけ自殺を図った。

知識を仕入れる以外にもいろいろと試した。具体的に何をしたかといえば、薬ののみ心地を自分で把握して、こういう時はこの薬が必要、ああいう時には別の薬なんだなと自分で気づき、医師に報告し続けたこと。そして、自分のどんな行動が悪化のサインなのか、をまるで他人を見るような視線で自分を、観察し続けたこと。友達にメールを何通も連続で送ることが、ちいさいけれど、僕が不安になっているサインで、耳や目が良くなったと感じたり、イライラしだしたら、妄想的になっていると言うサインだ。

薬が減れば、薬に頼らずにリラックスをする方法を探した。

最初はカフェでゆったりするというものだったが、逆に落ち着かなくなる瞬間も多かった。人が多くなると、どうしても過敏になってしまうから疲れる。だから、家でひとり、ゆったりとした気持ちを心がけて、ストレッチをすることにしている。

そのおかげであるのかは分からない。しかし、いまでは、先生から「もうあなたは大丈夫」と言われている。薬は飲んでいるけれど、病気がすべて消えたわけではないけれど、現在、一人暮らしをして二年目、家事とアルバイトをこなしながら、毎日を穏やかに過ごしている。僕がこんな風に、普通ではなくても、ある程度社会のなかで暮らせていることは、とても幸運なことなんだな、と周囲の病気仲間を見て思う。どうしても気分が浮上せずに通常から大量の薬を必要としていたり、入院を何回も繰り返していたり、経済的な問題で、病院の敷地内に住んで居たり、とこういう病気は何かと厄介だ。

いったい何に対して、誰に対して、感謝をしたらいいのか、正直わからないのだけど、とにかく主治医と彼に会わせてくれた母親には感謝してる。

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