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不安な気持ちが四六時中晴れなくて困り果てていた

不安という感情は、人間に限らず動物全般が感じるものです。私も多分に漏れず、何か不安なことがあると気になってしまいます。しかしながら、私の不安は普通の人のそれとは大きく違います。現代社会には不安を抱えながら生きている人の割合が高いはずですが、たいていは心を強く保ちながら仕事や家事に奮闘しています。その一方で、私は少しでも不安を感じると何もできなくなってしまうのです。食べることさえ億劫になり、気がついたときには病院のベッドの上にいたこともあります。それほどまでに不安に立ち向かう心が弱い私は、日常生活に支障をきたし続けてきました。ちなみに、誰かに心配をかけたくないので極度の不安症を親しい人に打ち明けたことはありません。

自分の力では不安な気持ちを克服できないことを痛感したので、心療内科へ足を運ぶことになりました。私の生い立ちについて詳しく聞かれてから、カウンセラーを名乗る女性と個室に入りました。目を閉じながら浅く息を吐いたり手をゆっくり動かしたりと、彼女の言うことに従いました。そんな治療を半年も続けましたが、一向に効果を感じられません。処方された薬までも効かない状態なので、私はどんどん焦っていきました。ついには心療内科へ通うことを諦めてしまい、貯金を切り崩しながら自宅に引きこもるようになってしまいます。誰が訪問しても無視してしまい、ポストには未読の新聞紙が大量に押し込まれていました。

生きるためには食べなければならないので、不本意ながらスーパーマーケットにだけは通っていました。ある日の夕方、空を見上げると不思議な気分になります。どうして人間や他の動物は不安を抱えながら生きているのかについてです。感情というものがあるから苦しんでいるわけであり、何も考えなくて良い物体ならば不安に押しつぶされそうになることもありません。そんなことを考えながらも、カレールーや小麦粉など一週間分の食材を買い込みました。帰宅中にも同じようなことを考えており、それでも一向に満足できる答えが出ません。虚しい気分になったので、何も考えないようにして家路を急ぐことにしました。

帰宅してからも道中の考えが頭をよぎり、ついには精神的に疲れ果てて何もできなくなりました。キッチンの床に座り込んでしまった私は、カーテンの隙間から見える風景を眺めます。そのとき、一つの答えが浮かびました。宇宙そのものがシミュレーションされていて、人間は電子データのようなものなのだということです。不安や楽しみを感じることも、何かしらの実験の一環として作られているプログラムであると結論付けたのです。そうすると、いつもなら些細なことでも不安を感じていた私が1日のうち一度も無気力になることなく過ごせました。どうせこの世界はシミュレーションされたものなのだから、不安を感じていること自体が無駄なのだと思えるようになったからです。

完全なる答えが出たかのように思えた私の持論にも、弱点はありました。自分以外の人間から受ける影響で心が揺れ動くことです。シミュレーションの世界とわかっていても、第三者が発した内容などによって不安を感じることは事実です。これを克服しない限りは、どうしようもありません。しばらく悩んでいると、再び最良の答えが浮かんできました。自分を含めて全ての生物は、人工知能が搭載された機械のようなものであると考えたのです。たとえば、テレビやパソコンから何を言われても気にならないはずです。結局はそれと同じことであって、誰に何を言われようとも機械の独り言なのだと思うようにしました。すると、社会生活に復帰できるようになって今では毎日働けています。

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