悩み・相談

「鬱」という「心のつらさ」に負けないように

 25年間小学校の教師をしてきました。数年前から何やら子供たちとうまくいかなくなり、いろいろなストレスを感じるようになりました。もういい年だったので「年下の先生」と組まされることばかりで「自分が失敗せず、下の者の助けにならねばならない」という事もプレッシャーとなっていたと思います。

 そんな中でとうとう家の者にも手を出したり、朝が来て仕事に行くのが怖くなるような日々がやってきました。自分でも「今のままでは自分はおかしい」と思うようになり、「神経内科」で診察を受け「抑うつ神経症」簡単に言うと「鬱」という病名をもらいました。

 その後も復職・休職を繰り返しましたが「子供の前に責任を持って立てない」と自分でわかり、自主退職することにしました。収入は、結婚前から同業者だった妻に任せて、「専業主夫」としての生活を今は送っています。

 「鬱」という心の病は自分だけで「負のスパイラル」に入ってしまうような病気です。自分が「収入がなくなった」「仕事がなくなった」という事だけで、外から聞こえる出勤する革靴の音が怖くなることがありました。また掃除の途中、急に首にコードを巻きつけて「もう死んでしまおう」と考える事も起こりました。すべてが「自分はもう何もできない」「役に立たない人間になった」という思い込みや、自分に対する自信を無くしてしまった結果からくるものでした。休んでも心の中の悩みは決してすぐには収まりませんでした。 家族に迷惑をかけ、また「自己嫌悪」に陥り部屋で沈み込んでしまうという日々の繰り返しをしばらくの間は続けることとなりました。

 きっかけは医師からのアドバイスでした。心の病はほかの病気のように「血液中の値が下がったら」とか「熱が下がったら」というように、数値や検査で「よくなったかどうか」がわかりません。それだけに、薬を飲み続けても「自分は治りつつあるのかどうか」は本人でもわからないのです。「何か物差しになるようなものはないのか」と医師に聞いた答えが「当たり前の毎日を当たり前に過ごせるようになる事」でした。

 確かに掃除の途中に急に首をくくったり、通勤する人の足音を聞いて自分を責めるようでは「当たり前の生活をしている」とは言えません。

 そこで、とにかく毎日きちんと「家事手伝い」というか「主夫」というか、とにかく家事をしっかりこなそうと決意しました。それ以降、掃除、洗濯物干し、買い物、料理、娘の弁当作り、アイロンがけ・・と、できることはどんどん積極的にやろうという事にしました。献立を考えて買い物をし、少しでも安く上げようと品物を選び、洗い物をして、次の日の朝には娘の弁当を作るという事をしていると、いつの間にか時間は経ち、一日が終わるのが速く感じられるようになりました。そして、いらないことを考える時間もなくなるとともに「自分のしている事は、とりあえず誰かの役に立っている」という事がわかってきました。医師も「あなたのおかげで家庭が成り立っているし、奥さんも楽ができているのですよ」とはっきりと言ってくれました。

 それが一つの突破口となったようでした。確かに収入は減りました。妻に外での仕事を任せるという事に対しての抵抗が全く消えたわけでもありません。それでも「これはこれで一つの家族の形として、決して間違ってはいないのかもしれない」と思えるようになり、少し心が楽になりました。妻も「お金よりも毎日が楽しく暮らせるほうがいい」と言ってくれ、今の生活にほぼ満足してくれているようです。

 ずっと心の中にあったもやもやとしたもの、仕事のプレッシャーや「仕事がなくなった」というプレッシャーが心の中に貯めていった黒いおもりのようなものが、今は少しずつ軽くなってきている気がしています。

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