出産・子育て

落ち着きを見せなかった長男の奇跡を思い返すと

多動性障害という言葉を聞いたことがないでしょうか。

ある種の精神的な病気ないのですが、長男がその病気というか、疾患ではないかと思ったもほどです。

多動性障害とは、落ち着きがなく学校に行っていても授業中に、教室内を歩き回ったり、突然に奇声や大声を発することをします。

妻が看護師の仕事をしており、医学については造詣が持っていたこともあり、長男が多動性障害ではないかと心配したのです。

確かに私も長男の通う幼稚園や小学校の参観で彼の行動を見ても確かに落ち着きがなかったのです。

幼稚園の参観日に行くと、息子だけが他の子供達と比べて落ち着きがありませんでした。

まさに室内の後ろから前に走って移動していたのです。

その光景を見ていると、まさに精神的な病かなと思い、

何故かショックが大きくなるのでした。

しかし、幼稚園時代の先生は励ましてくれます。

「決して、あの子は多動性障害とは違います。小学校や上の学年になれば次第に落ち着いていきます。」

この言葉にはずいぶんと救われました。

しかし、幼稚園の年長、小学校に上がっても落ち着く気配がありません。

その傾向はますます激しくなったように感じました。

思い切って病院に息子を連れて行き、診察をしてもらうようになりました。

結果的には、多動性障害ではありませんでした。

どうも似たような行動なのですが、多動性ではなく注意散漫というのが、息子の行動でした。

精神的なことではな少しはホッと安心したのですが、苦労はそれかはです。

小学校を卒業して中学、高校となる時です。

特に高校の受験においては、かなりこの行動が大きく影響したのではないかと思います。

注意散漫と言っても、全てのことにおいて三万なわけではないのです。

学校の授業では、数学や理科はとても集中しているようですが、他の授業は全く関心を示さないのです。

中学の成績はとてもムラがあり、片寄った成績でした。

また、授業態度は良くなく先生達の評価もすこぶるほど悪かったのです。

ということは、内申点がわ低いということを意味するのですが、これだと高校受験の選択肢が狭まれ、試験当日の点数だけで合格できそうな高校が少なかったのです。

この時は通っていた塾からも見放され、家族と一緒に踏ん張るしかなかったのです。

幸い姉が公立高校に通っていたので、姉弟で受験の勉強法を学びながら、頑張ってくれたのです。

結果的には、学校や塾の予想を反して、一段上のレベルの高校に合格することが出来ました。

元々、理系に強い息子でしたので、後は文系科目をどのように克服するか、それには姉の協力も必須でした。

そのおかげて孝行に合格することができたのです。

しかし、落ち着きは少しは良くなったのですが、やはり興味を寄せることについては、ひどく、温度差がある傾向はあまり変わりませんでした。

高校から植の進学を目指す段階で、大学か専門学校かという選択肢でも幼い頃からの注意散漫かがおおきく災いしました。

本人自体が将来のついての考えがまとまらず、受験に対する

ノイローゼに陥ったのです。

あの時は一週間、家出をして大騒ぎになったほどでした。

自殺めいた置き手紙まで残されていたことも騒ぎの原因の一つです。

しかし、この時点で私達、親の力より姉弟間のつながりが息子を救ってくれたと思っています。

というのも、息子はすでに家出した後に何度も、娘と連絡を取り合っており、精神的にも姉から支えられたのです。

家にに無事に戻ってからは、

本人は別人のように変わっていました。

それはいい意味でのことです。

何か、吹っ切れたがのごとく、受験に向って勉強を再開。

結果的には大学に合格することはできなかったのでますが、今は技術系の専門学校に通っています。

しかも、将来のビジョンを持ちながらです。

姉弟間の助け合いと本人の悩みぬいだ結果、精神的にでもたくましくなっていたのです。

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