出産・子育て

親は子供を被害者にしない義務がある。同時に加害者にしない義務もある。

私の子育ては平成元年から始まりました。長男の誕生です。

平成元年、1989年。この年ほどいろいろな事があった年はなかったと思います。

私の父が脳腫瘍で亡くなりました。

手塚治虫、美空ひばりも亡くなりました。世界は、天安門事件、ベルリンの壁の崩壊。消費税が現実化、株価の最高値。何でも有りの年だったと思います。

私の妻が妊娠しました。

この時から育児は始まっていると考えます。

子供や若者に関する事件が起きました。それも世間を戦慄させる事件でした。

妻のお腹の中に新しい生命が宿っています。その同じ時に命が失われていきます。

女子高校生コンクリート殺人事件。宮崎勤事件、あの埼玉連続幼女誘拐殺人事件です。私の姉の家族が埼玉に住んでいました。子供は幼稚園と小学校に通う女の子がいましたから、学校、奥さん方がパニック状態だったそうです。

そんな中で、妻のお腹はどんどん大きくなります。

8月。宮崎勤が逮捕されました。日本中がショックを受けました。

保健所で出産、育児に関する講習会や実演などが開かれました。

私は妻と参加しました。男性は少なかったですが何人かはいます。

赤子の抱き方から沐浴のやり方、初めてでしたからいろいろ勉強になりました。

そして、保健所の人の話は宮崎勤の話になったのです。どのようにして自分の子供を守ったらいいか。特に女子はどのように毒牙から守るかがみんなの関心事でした。

それが子育ての最大の課題のような口ぶりでした。

私は一人、ぽかんとしています。

私の関心事は、自分の子供をいかにして宮崎勤にしないかを考えていました。自分の子供が被害者になるか加害者になるか、誰が決めるのでしょう。何故、絶対に加害者にならない保証があるのでしょう。

私は子供が宮崎になる姿が頭に浮かんでしょうがありませんでした。

そして、女子高生を監禁して最後は残虐にコンクリートに詰めて殺す姿も浮かんで来ます。

被害者にしない事も考えましたが、加害者になる恐怖に比べたら、私には軽い問題でした。

10月。長男は無事に出産しました。

育児は始まっていました。可愛いだけの時間はすぐに終わってしまいます。この子はどんな子に育つのだろ。私の長男の成長に合わせるように不安が大きくなります。

子供の行動が気になってしょうがありません。小さな動物を殺してはいないか、情緒は正常に育っているか、生き物に対して優しさはあるか、考えたら切りがありませんでした。

必要以上に息子にきれいな物、優しいお話、いつも笑顔で、これらを強制してしまったように思えました。

私は小さい時に、たくさんの小動物を殺しました。もちろん時代が違います。私の子供時代には、たくさんの昆虫や小さな生き物が周りにたくさんいました。その影響もあるでしょう。

息子に真似をして欲しくなかったのです。幼少時の性に関わる動物殺しは大きくなって何らかの原因として精神に影響を与えます。

息子が小学校に入学した年に大きな事件が起きました。

神戸連続児童殺傷事件、あの酒鬼薔薇聖斗事件です。

これは私に最大の苦痛をもたらしました。

この事件を考えれば考えるほど、息子が加害者にも被害者にもなる事を目の前に突き付けられた気分でした。

必死に事件の事を調べました。海外の似たような事件も調べました。同じ題材を扱った小説も読みました。それでも気が落ち着く事はありませんでした。

宮崎勤の父親の自殺も私の恐怖を増幅させました。

息子には4歳からピアノを習わせていました。美しいものに興味を持たせるためです。

ピアノ演奏は個人の練習と個人の成長だけが励みです。それが何か恐ろしいように思えて来ました。

息子を少年サッカーのチームに入れました。集団の協調性を学ばせるためです。私もサッカーなど経験もありませんでしたが、コーチもやり監督もやりました。

自分の子供と一緒に同年代の子供たちの傍にいたかったのです。

息子はもうとっくに成人しました。普通の青年です。

私は自分の責任は終わったと思っています。

考えてみれば、平成になってからのいろいろな事件に対して、あまりの異常反応を私が持ってしまったと思っています。

これからは、少し遠くから息子を見ていようと思います。

まだまだ、安心は出来ませんが。

もちろん、私の行動も安心できません。

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