別れ・離婚

離婚した弟との間に確執。13年間の空白、そして

もう、弟が離婚して13年が経ちます。

弟には一人娘がいて、今年成人しました。

しかし、それまでの間、13年間の空白がありました。

結婚した当時、彼はバイクショップを経営していましたが、経営が軌道に乗らず、苦労を重ねていたのです。

お店の資金で借金も膨らみ大変な状態だったのです。

バイクショップと言っても、普通のショップではなく、修理や加工、チューンナップを手掛ける工房と言った方が正確かもしれません。

苦しい経営の中で、家族の生活費を捻出することもままならず、とうとう離婚してしまったのです。

本来であれば、養育費を払わなければならないのですが、それもできずじまい。

その間、借金の返済に必死になっていたのです。

その間は私と弟の間にも、確執がしばらくありました。

借金を返済するための借金で、私にも保証人のお願いをされたことがありました。

しかし、私にも守るべき家族がいましたので、それだけはできません。

心を鬼にして断ります。

そのようなことがあってか、弟自ら私達にも距離を置くようになったのです。

それから、数年間の間は静観していました。

弟を知る知人や友人を通じて、彼の動きを見ていたのですが、確かに返済のために頑張っていました。

バイクショップをたたんで、派遣社員として印刷会社に勤務。

そのうちに、かなり借金を返済できたのですが、それでもかなりの額が残っているようでした。

そのうち、弟は過労で倒てしまい、療養生活に入らなければならなくなったのです。

私は久しぶりに彼に会いに行きました。

行ったのは入院している病院です。

久しぶりの再会で、驚く弟。

涙を流しながら、喜ぶと同時に弱音を吐く彼。

「兄貴。自分が甘かった。バイクショップなんて経営できる力もないのに。娘にも養育費が払えないどころか、まだ借金も残ってる。」

「確かに大変だったと思うけど、ここまでよくがんばったじゃないか。」

あと数百万円という金額でした。

この時に私が貯めていたお金で借金と入院費を払うことにしたのです。

弟と交流がなかった数年間に私も本業の傍ら、色々な仕事をしながら、貯めたお金です。

「これで全て0に戻せるなら、返済しなくていい。」

そうすることで、彼は借金を完済することができたのです。

それでも2/3は、自分で返済していたのですから、並大抵の苦労ではなかったはずです。

退院後、彼は再び働けるようになり、私が出したお金の返済もしようとしたのですが、

「要らないよ。そのお金は今まで払えなかった娘の養育費として貯めな」

それから、何年間か貯蓄をして、自分の娘の費用として向こうの実家に仕送りをしたそうです。

実に13年ぶりのことです。

それから娘が弟の所にいきなり訪ねてきたという知らせが入ってきました。

娘は父である弟には会いたがっていたのも当然です。

どうもfacebookに登録している弟を探し出して、訪ねてきたそうです。

涙の再会というより、久しぶりの再会でお互い両手を撮り合っての喜びだったかと思います。

私の所にも、姪っ子の写真が送られてきました。

本当に今喜んで肩を並べた親子です。

私の娘と姪が同じ年齢なのですが、親としての喜ぶ気持ちはよく理解できました。

それから、数カ月して弟と姪が私の所にも訪ねてきました。

「久しぶりだね。」

と言っても、幼い頃に出会っただけなので、姪は私の顔を覚えていることはなかったのですが、やはり血のつながった家族です。

和気あいあいと和やかなムードで盛り上がっだひと時でした。 

弟は言います。

「まだまだ、娘にも兄貴にも返すものがないんだけど、再会できただけでも良かった。ありがとう。」

その言葉だけで何も要らない私です。

自分の子供達と姪や弟が元気でいてくれればという気持ちが、弟の言葉で感じたことでした。

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